過ぎる時間と残る気持ちと。

いま、新大阪へ向かう
新幹線の中で書いています。
名古屋を過ぎたところですが
空はどんよりとして
遠くにみえる山の稜線が
霞んでみえて、曖昧な
地上と空の境目が
ずっと続いています。

車窓から見える風景は
次々と入れ替わり、
戻ることのない
時間の流れを
表現しているようにも思えます。

一瞬のうちに
視線から去っていく
街並みにも
さまざまなひとの生活があり
笑い、泣き、怒り、悩み
それらを内包している
風景が次々と入れ替わっていく。
自分の知っているセカイは
いかに限られたものであるかと
思う瞬間です。

かつて、大学時代より20代後半まで
に過ごした町を出て
同じ路線の数駅先に居を構えたとき、
似たような思いを感じたことを
覚えています。

悲喜こもごも。
思い出の多いその町も
電車で通り過ぎれば
わずか3秒程度の
「セカイ」でした。
当時は、それがとても悲しかった。

だけど、今は
そんな風にして
ひとは暮らしていくのだなと
思えるようになりました。
そういう
ちょっとした哀しみが
ひとを成長させて
くれるのかも
しれないからです。

amuse bouche

湘南ゼミナール 広告宣伝部、広報室のメンバーによる コラムメディアです。 みなさんから 寄せていただいたコラムを 少しづつ、紹介していきます。 日々のクリエイションの中で、 見つけたことや 感じたこと、 考えたことなどを 共有してみませんか。

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